2021年2月12日 NEWS〈対談〉CBDCを語る 日本銀行 副島豊 氏 × JBA 加納裕三

 2021年の幕が開けた。
思えば2020年はブロックチェーンや暗号資産などの分野にとって、まさに「潮目」が変わった年だった。暗号資産の価格急騰、ユースケースの創出、若手企業家の躍進、そして各国のCBDCへの取り組みが飛躍的に進んだ。

 CBDCとは何か?
日銀のHPによれば以下と定義されている。一般に「中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)」とは、次の3つを満たすものであると言われている。(1)デジタル化されていること、(2)円などの法定通貨建てであること、(3)中央銀行の債務として発行される、となっている。このCBDC、先行する中国ではデジタル人民元として実証実験も終え、一説では来年の北京冬季五輪においてお披露目されるとも噂されている。翻って我が国はどうなのだろうか。

 CBDCを語る上で、この国の最高のインテリジェンスが対談をおこなった。ひとりは日本銀行FinTech長の副島 豊氏、もうひとりは当協会の代表理事で株式会社bitFlyerの共同創業者である加納 裕三氏。二人はCBDCをどう語り、どう本質に迫り、どのような未来を描いているのだろうか。二人の言葉は熱を放ち、予定時間をはるかに越えたものとなった。

 

 CBDC導入で、何がどう変わるのか

加納:
 本日はお忙しいところ本当にありがとうございます。CBDCに限らずその周辺も含め質問させてください。
まずは技術系ですけれども、現状だと日銀の完全なRTGS(リアルタイムグロスセトルメント)はできていないという認識です。もしCBDCが採用されるとすると、直接日銀に対して決済をさせるようなことが検討できるのかなと思っています。かつ、RTGSを実現とすると毎秒何トランザクションぐらいを要求されているのでしょうか?

注) RTGS(Real-Time Gross Settlement) :「即時グロス決済」の略で、取引を一本ずつ即時に決済していく手法。これに対し、時点ネット決済は一定期間中の受払を差し引きした結果をある時点で差額決済する手法。

 

副島氏:
 今の決済インフラの姿がどんなふうになっているのかというお話からはじめて、システムキャパシティ、トランザクションのボリュームなどをお話しさせていただきます。

 決済インフラは2層構造になっています。日銀が準備預金制度のもとで金融機関に当座預金口座を提供し、金融機関が個人や企業に預金口座を提供する二段構えです。異なる金融機関に跨った決済であれば全銀システムで銀行間資金決済をクリアリングして日銀の当座預金口座で決済します。一方、同じ銀行の中に口座を持つ個人や企業の間であれば、銀行内部で振替を行う内部振替となります。

 各銀行がどれぐらい内部振替を行っているのか、という集計された統計値は存在していません。おそらく銀行もシステム部門を除けばあまりそういった数字を意識したことがないと思います。

 一方、銀行間の決済になると全銀システムを通る数字なので分かります。昔は全て時点ネット決済で合算されたうえで決済されていました。大量のトランザクションが全銀システムにきて、それを銀行間でネットアウトし、結果を日銀ネットで時点ネット決済します。仮に当座預金取引先金融機関が500だとすると、所詮は500かける500のマトリクスの間のトランザクションに集約されるわけです。実際には取引がない金融機関の組み合わせが沢山ありますから、このマトリックスはもっとスカスカです。こうした制度において、日限ネットにかかる負荷は非常に少なかったわけです。

 ところが金融機関が破綻しうる時代になって、大口の資金決済は1本ずつ決済していったほうがよいとなり、2001年に日銀当座預金の決済をRTGSに移行しました。2011年には全銀システムで時点ネット決済されていた取引についても、1件1億円以上の大口資金決済はRTGSに移行されました。時点ネット決済だと金融機関が破綻した場合、決済が全部やり直しになってしまい、参加者全員が道連れになって大混乱が生じます。RTGSだと破綻先と取引していた先が個々に対応をとることで済みます。もちろん大変な作業ですが。実際にリーマンブラザーズが破綻した際、RTGSやDvPという決済リスク削減手段を導入しておいて本当によかったとなったのです。ただし、RTGSで一本ずつ決済処理をすると決済件数が劇的に増大します。時点ネット決済って決済効率性の面では優れているんです。だから、大口のみへのRTGS適用となりました。

 そこでトランザクション数の話に戻りますが、銀行間取引で全銀システムに寄せられるトランザクションがどれぐらいあるかというと1日平均700万件ぐらいあり、ほとんどが1億円以下です。1億円以上のものはRTGS扱いとなるため、全銀システムは通過するだけでネッティングも債務引き受けもされず、日銀ネットに決済指示がやってきます。小口は全銀システムでネッティングされることで日銀ネットでの決済件数がぐっと減ります。最初の700万件がどれぐらいになるかというと、直接やってくる大口とネッティングして集約してしまった後のもので、両方あわせて1日7万件ぐらいです。まとめると全銀システムで700万件のトランザクション処理と、日銀ネットで7万件の決済。これが今の姿なのです。

 ところがCBDCを導入し、中央銀行のシステムで全部直接処理しようとするともの凄い事が起きます。つまり、現在現金で手渡しで行われている大量の決済や、銀行が行っている内部振替の一部などが直接飛び込んでくるかもしれず、それに対応しようとすると現在の日銀ネットが処理している数字から桁が何個も違う規模感になります。

 それがどれぐらいのイメージなのか? さきほど言ったように現金の手渡し決済の統計はないです。測りようもないので無理やりその数字のイメージを目の子算で作ってみましょう。人間って1日に何回ぐらいお金を使うと思いますか? 現金、クレカ、電子マネーすべて合わせてです。銀行の自動引き落としは除きます。これは複数の中銀でサーベイ調査があって、数千人ぐらいのサンプルに対して数日間限定でとにかく使ったもの全部小遣い帳をつけてくださいとお願いしたものです。国による違いはありますが、この調査で大まかなイメージをつかむことができます。例えばですが加納さん、今日は何回お金を使われました?

 

加納:
 今日は2回です。

副島氏:
 ですよね。だいたい平均2回弱という調査結果が出ています。でも、1人2回だとしても日本人全体だと2億件になります。そんな的外れな数字でないことは、他の統計があるものを組み合わせてみてみるとイメージできます。クレカの1日の取引回数は3100万件です。スイカみたいな電子マネーは1700万件。QR決済コード決済などの新しい電子マネーは年の途中ですが伸びを推測すると本年でだいたい700万件ぐらいになりそうです。全部足すと5000万件ぐらいになります。デジタル決済が5000万、残りが現金とすると全部で2億回なら現金対キャッシュレスが3:1です。なんとなく日常生活のイメージに合うと思います。20億回とか2000万回とか桁がずれている訳ではなさそうなことがわかりますよね。

 仮にですが、もし現金がなくなったとして、例えばこの2億件が全て1つのシステムに飛び込んでくるとめちゃくちゃな高負荷なシステムになるのだろうなと思います。もし、1階層で全て受けるならです。2階層システムにして2階層目で仲介業者がCBDC台帳を持って、そこでクリアリングしてしまうとだいぶ減るかもしれません。どっちでつくるにせよ、現金がなくなるならトータルでみた決済トランザクションの量は膨大なものになり、特にユーザーの取引を直に受ける2階層目のシステムは大変です。負荷が非常に大きいものになるとすると、そんなことをするインセンティブが仲介業者にあるのか。ここもよく考えなければいけない問題となります。

 こういったトランザクション量のざっくりとしたイメージはあるものの、どのように実現するのかというのは本当に難しいです。コストを考えると本当に全部RTGSでやる必要があるのかという疑問が浮上してきます。2019年末に全銀システムにモアタイムが導入されて、夜中でも週末でも個人からの送金が24/7かつリアルタイムで出来るようになりましたが、こちらは基本的に銀行の立替払いです。週末でも夜間でも受け取り側にすぐに入金されるのは、週明けや翌日に銀行間資金決済が行われる前に立替払いをしてしまおうという発想に立ったからなのです。

 立替払いとは、その間のエクスポージャーが膨らむのであまりいいことではないですが、個人の決済レベルであれば、受払の偏りは平均的に馴らされて一方的に偏在することはなく銀行間のエクスポージャーリスクはカバーできます。カバーをする担保制度が全銀システムには備わっています。カウンターパーティ・エクスポージャーを管理する制度がしっかり歴史的につくられてきたわけですからモアタイムが出てきても大丈夫です。このようにユーザーベースでは即時決済性を達成しつつも、銀行間決済ではラグを持ってネット決済で動かすというシステムにしてもいいのではないか、という発想になります。

 仮にCBDCを導入するならシステムをどのようにつくりこんでいくかが大事になります。デジタル化社会をめぐるアイデアで、IoTで経済活動をメジャーにして活動単位で支払いをという話が出たりします。とろこが本当にそれをやるとなると莫大な決済トラフィックがかかってしまうので、どう負荷を効率的に処理できるかという決済インフラのデザインを考えないと、とても実現は覚束つきません。多分、低い階層でクリアリングするなど何らかの資金プールをつくり、サブセクションで処理する。あるいは、資金プールはつくらず多数の取引を集約するシステムで数字だけ処理し、その結果を上位の資金決済インフラで決済する。つまりRTGSでないシステムになるのですが、そういうつくり込み方もあるのかなと想像します。

 

 装置産業としての決済インフラ

加納:
 1日2億件っていうと、1日86400秒なので秒間2300件ぐらいになります。そんなにめちゃくちゃな数字だとは思いません。それと今おっしゃった論点はシステムコストをかけて、中銀で決済を集約させることができるのであれば、市中銀行のコストを削減することができると思います。全体として市中銀行と中銀を合わせてコスト削減がどうあるべきかという議論になろうかと。

副島氏:
 そうですね。しかし、銀行の勘定系システムは決済だけでなく、預金、貸出、有価証券業務など幅広い銀行業務を支えるものであり、なくなることはないです。それを踏まえて中銀を含めてどう全体最適化を目指すのかを考えるのだと思います。

加納:
 はい。そうなると預金と貸し出し、そして決済があると思いますが、決済の分だけ簡略化できないのかという発想があります。決済が装置産業になっていますので、そこに関するコストが市中銀行で重複しているのであれば社会全体でコストを削減できないのかなと考えます。

副島氏:
 銀行は装置産業でもあり装置産業の課題は重い固定費です。逆にみるとトランザクションが増えても実はコストはそこまで変わらないのでスケールメリットが出ます。一部の地域銀行は勘定系システムを共同運用化していますが、その背景にはこうした事情があるのです。

 もう一点、装置産業についての大事な話があります。プライシングの仕方の工夫なのです。限界費用がゼロに近いとユーザーから固定料金を採ったうえで、使ったサービス量・消費量に比例させない、つまり変動料金をゼロにするというフラットプライシングの考え方が出てきます。サブスクビジネスがこれで、月次料金もしくは年料金を払うとサービス使いたい放題というプライシングです。

 それから、社会的コストの削減という観点では、現金社会を維持していくコストをどう考えるかという問題があります。銀行だけでなくお店側もそうだと思いますが、現金をハンドリングするためのコストとして兆円単位のお金がかかっているという指摘があります。

 例えば日本中のATMの運用費は1年間でどれぐらいに上るのか? そこには機械や通信設備の設置償却・運営コストだけでなく、人が現金を詰めたり回収したり現金を運ぶ企業のサービスも存在しています。デジタル化によって削減できる余地があるというのは確かだと思います。それがCBDCなのか民間のデジタル通貨、あるいはクレカを含む既存のキャッシュレス決済サービスなのかという論点はあります。ですが、社会的なコストを抑制できる機会があるというのは間違いありません。

加納:
 10兆円ぐらいあるかもしれませんね。1人あたり10万円ぐらいです。月間の引き出し量とサイクルを考えると、全国で数兆円ぐらい現金を用意しないとATMは維持できないです。RTGSのお話に戻りますが、実は私がGS(ゴールドマン・サックス証券)に新卒で入った頃の最初のプロジェクトがRTGSでした。2001年です。

副島氏:
 まさにRTGSの導入年です。

加納:
 日銀のマグネットテープというのがあって、まだ磁気リールで記録していました。決済を起こすために毎日リールをジュラルミンのケースに入れて日銀さんに持っていくという仕事でした。そういった世界が徐々に変わっていくんだろう、RTGSが一部1億円以上でできる。当時はすべての決済でRTGSをという考え方がありましたが、副島さんがおっしゃった通りで2階層にして集約させるという方式がいいのかなと。

副島氏:
 伝統的な決済インフラの発想では、2階層型が普通のアプローチなんです。

加納:
 私は社会コストの部分は現金のメンテナンスコスト以外にキャピタル効率が大事だと思っていて、例えばbF(bitFlyer)もそうですが、RTGSじゃない世界はモアタイムで一次貸し出しをしています。我々のような業者は銀行からお金を借りられません。信用がないので。そうなるとキャピタルから純資産からつなぎ資金を出さざるをえないと。だいたい数十億円のキャピタルがこの決済のためだけに使われているとすると、これは非常に辛い状態です。

 我々が対応しなければならない様々な決済手段のために使うお金が減るとキャピタル効率が上がります。これが割と無視できなくて、中小企業だと滞留がなくなっていくとお金が回って各会社の余剰キャピタルが大幅に減るのかなと思います。これがROEにヒットするもので、ブリッジローンを借りられたらエクイティにヒットしないのですが、現金を持っていないといけません。よって資本効率が下がります。決済がRTGSになる、もしくは決済に関して我々事業者が先にお金を持ち出すという形が解消されていくと資本効率が上がります。

 

 銀行預金マネーは2つの機能を持っている

副島氏:
 私は「最強のマネー」とはなんだというと、実は銀行預金が最強なのではないかと思っているんです。なぜかというと信用創造と決済サービスを両方提供できるマネーだからです。準備預金制度の下では受け入れた預金のごく一部を中銀準備預金に置けば、あとは貸出に回すことができます。借り入れた企業もすべてを工場投資や原材料中間財購入に回すのでなく、一部を預金として残す。最初に受け入れた本源的預金はこうして膨らみ、そしてその預金は決済にも利用できます。

 ところが多くのキャッシュレス決済サービスや、いわゆるナローバンク(決済サービスのみを提供、預かった預金は100%安全資産として保有)のマネーは、バックアセットを確保しておかねばならない。なので、完全に死に金となってしまいます。資金移動業者は預かったお金でまだ送金されていない、あるいは送金途上にあるというべきでしょうか、それについては100%確保しておくことが求められます。現金もそうで、決済サービスを提供することはできても信用創造はおこなえない。現金を預金から引き出した瞬間に信用創造システムの外にいってしまうのです。もちろん決済に必要な分を余裕をもって手元に持っておくのは当然なのですが。

 しかし、実際はそうでないことが生じています。今の現金発行額は100兆円を超えています。しかし、90年代前半は50兆円を下回っていました。名目経済が倍に成長しているならば不思議ではありませんが、残念ながらそんな名目成長が達成されているわけではない。どこに滞留しているのか、あるいはどう使われているのか、1枚のお札が1年で何回決済に使われたか、デジタルでないお金は捕捉することができないのです。

 では、信用創造と決済サービスの2機能を備え持つ銀行預金マネーにおいて、どんな決済方法を採ると、お金の効率性が高まるのでしょうか。RTGSが決済リスク削減に有効だという話をしました。一方でRTGSには弱みもあります。時点ネット決済よりも決済に必要なお金が大量に必要になります。一本ずつ決済するから当然ですが、ネット決済だと受払を全部合算して最終的に1本にして決済するので、決済に必要なお金って少なくて済みます。

 2001年にRTGSを導入する際に生じた問題は、大量の決済用流動性(お金、ここでは当座預金マネー)をどう確保するかという問題です。一つの解決法として、日中当座貸越という仕組みが導入されました。国債を担保にその日の営業時間中にRTGSの資金決済を回すのに必要な資金を貸し出すというものです。朝貸し出して、その日の決済が終わったら夕方までに回収するもので、金利は求めません。決済のスムーズな進捗を目的とした日を跨がない当座貸越です。

 RTGS導入期には国債取引の資金決済もRTGS化されました。国債取引の規模は大きく、これをネット決済からグロス決済化したら大量の決済資金が必要となります。そこで、国債の資金決済を円滑に行うために、買った国債を即時に担保に入れて支払い用の資金をやはり日中当座貸越でその日の間だけ貸し出すという制度を導入しました。これを使えば日中の決済での払いと受けの偏りが吸収できます。最終的に買越した分はもちろんお金を払う必要があり、その分は当然準備してあるはずなので、一日の決済が終われば返してもらう仕組みになっています。

 もう一つ、国債についてはRTGS導入がCCPの誕生に繋がりました。CCPは売り手と買い手の間に立って債権債務の整理をおこないます。様々な相対取引を対CCP向けの取引として整理してしまうことで、取引相手間のカウンターパーティリスクを対CCP向け(CCPからすると対CCP参加者向け)に変換します。同時に銘柄別にネッティングを行い、ネット債務つまりネット資金決済額を削減して、証券・資金決済日に臨みます。こうした方法で資金決済額を抑制する方法もあります。余談ですが、証券取引の決済日は取引日から数日後です。日々の取引によるエクスポージャーの累積的な積み上がりを少なくするために、取引日から決済日までの決済期間を短縮するという取り組みが長年続けられてきました。決済期間が短くなると売買日から資金や証券を準備するまでの期間が短くなって大変ですが、未決済残高が積み上げるというエスクポージャーが削減できるメリットがあり、決済の効率化を進めることで期間短縮を果たしてきたわけです。

加納:
 不動産購入時の仕組みみたいです。資産を買うのと同時に負債が計上されてお金は借りられるけど同時に決済されます(銀行の個室に閉じ込められることを物理的エスクローと勝手に呼んでいます)。

 

 通貨発行を正しく理解するのは意外と難しい

加納:
 では、次の質問にいかせてください。日銀全体のシステムで、勘定以外のシステムはどれくらいあるのでしょうか? 残高を管理するシステムがあると思いますが、それ以外に付随する発券だったり納税だったり、そういった勘定以外のシステムの規模はかなりあるのでしょうか。

副島氏:
 日銀ネットには当座預金と国債系というものと2つあって、普段注目されるのは内為とかの当座預金系なのですが、それと同じぐらい大きいのが国債系で、先ほど出てきた国債を決済するためのシステムです。それ以外にも、国庫業務に関するシステムや日銀券の発行還収に関するシステムなどがあります。内為や外為の円決済、国債の資金決済などは「決済動向」という決済統計を毎月日銀で公表していますので、正確な数字はそれで確認できます。

加納:
 子供の時から、私はお金が好きで金融機関に就職してbFを設立しました。子供の頃にお金ってどの時点でお金と認識されるのかなと不思議に思っていました。どこかの印刷業者がいてそれがどの瞬間に魂が込められるのかというところが、すごく気になっています。

副島氏:
 独立行政法人である国立印刷局から日銀に納品された段階ではお金ではありません。金融機関が当座預金から引き出して日銀から持ち出した時点で日本銀行の負債である「お金」となります。負債発行の反対側には当座預金の引き落としがあり、それは1対1で対応しています。一方、国立印刷局からの購入は、いわば印刷物として購入しているわけで、1万円札に1万円を払っているわけではありません。財務諸表を公開しており損益計算書の経費に銀行券製造費という項目が立っています。

加納:
 20円ぐらいですよね?

副島氏:
 すいません、そこは知りません。公表されているかどうかも確かめないとちょっとわからないですね。今のご質問を考える際のポイントは、印刷物として日銀が金庫の中に持っているお金と日銀の負債として発行されるお金は全然違うものだという点です。不思議かもしれませんが、新札が日銀から出ていくことでお金が生まれるという感覚はわかりますよね。でも、中古のお金が出ていってもお金の誕生となります。逆にお金が日銀に戻ってくると、銀行券の還収と呼びますが、それで当座預金に入金されると、その分のお金は世の中から消えてなくなることになります。

加納:
 いわゆる「輪転機を回せ」という言い回しですが、僕は適切ではない表現だと思っています。では、印刷をして製品として納品された日銀券をそのまま勘定としてのせることはないというわけでしょうか?

副島氏:
 ありません、ないです。物理的な紙として購買した分は、その分の代金を支払っているのでP/LにもB/Sにも乗りますが、それはお金としてではありません。日銀負債として、つまりお金としては日銀のB/Sには載りません。B/Sに載るには金融機関が当座預金を引き下ろす形で現金として窓口から市中に出ていく必要があります。

加納:
 いわゆるシニョリッジというのが一般的には勘違いされていますが、輪転機を回していくらでもお札を生むことができると解釈されています。国債に対する付利ですよね、それが通貨発行益つまりシニョリッジと呼ばれるべきなのかなと思います。

副島氏:
 おっしゃるように通貨発行益は勘違いされやすいです。印刷した紙を1万円として出せるのだから丸儲けでしょうと。これは間違いです。その1万円という日銀券は日銀の負債証書みたいなものなのです。発行時には、当座預金という日銀負債(金融機関にとっては資産)を同額分減らすことによって発行されています。日銀にとっての負債という意味では当座預金も現金も同じです。

 ここがポイントなのですが、この2つの負債には金利が付きません(注:正確には「所要準備として当座預金に積まれている分に金利は付かない」であり、これを上回る超過準備については、近年では付利が行われ政策手段として利用されていますが、以下では超過準備の話は捨象してシニョリッジの基本を解説しています)。
 一方、負債の逆側で日銀は資産を有しています。当座預金と現金の振替は日銀負債の中身が変わるだけですが、例えば日々の金融調節でオペとして国債を金融機関から購入したとしましょう。対価は金融機関の当座預金に振り込まれます。日銀は国債という資産を増やし、当座預金という負債が増えます。この負債について日銀は金利を払う必要がない一方で、国債からは金利収入が発生します。金融機関が当座預金と現金の間でシフトさせても話は同じです。どっちも金利が付かない日銀負債なので。これがシニョリッジ(通貨発行益)の源泉です。

 ここまで理解すると、通貨発行益の通貨とは現金であっても「当座預金という日銀マネー」であってもどちらにも当てはまることが分かると思います。そして、当座預金を増やすのは物理的には日銀ネットのコンピュータの数字を増やすだけなのでコストはゼロです。当座預金という日銀負債、日銀マネーをコストゼロで出してお金が儲かりましたという話が意味がないのと同じように、日銀負債であり日銀マネーである現金を出すことでお金が儲かりましたという話も意味がないのです。個人が住宅ローンを借りると一瞬ですが預金口座に多額のお金が振り込まれます。あれで儲かったというひとはいませんよね。しっかり負債を負うことになります。しかも金利付きの。

 

 日銀券の負債性、暗号資産の負債性

加納:
 難しい話になりますが、日銀券の負債性という話があります。当座預金および日銀券は負債として勘定されていますが、これはでは何に対する負債で、一般的な企業会計における負債とは大きく違う概念だと考えているのですが、この負債性についてはどのようにお考えですか?

副島氏:
 当然ですが普通は負債は返さねばなりません。債権者は満期日が来るなど契約した条件が満たされたら債務を返済するよう求めることができます。しかし日銀券という負債については、日銀の負債を返すから何か資産を渡しなさいということができません。これが不換紙幣(Fiat money)の最大の特徴です。一方で、兌換紙幣は例えば金本位制の下では中銀が準備している金と交換するよう要求することができます。

 銀行預金という民間負債マネーであれば、あたりまえですが預金者にとっての資産である預金を現金に換えることができます。あるいは債務の返済、例えばスマホ通信代金や住宅ローンの支払いに充てることができます。そういう意味で、不換紙幣である日銀負債としての現金というのは変わった特徴を持っています。そして、世界中の現代国家は様々な歴史的経緯を経て、不換紙幣として現金を供給するという仕組みを導入しています。こんな負債ってなかなか世の中にないですよね。ただこれ、暗号資産というものを考えた時にひょっとしてコンセプトが近いのかなと今お話ししていて思いました。もちろん、ビットコインを支えるシステムに所有者がいるわけではなく、誰かの負債であるわけでもないので負債性は全然ないのですが、なんの請求権もない裏付け資産もない暗号資産が、価格変動こそ非常に大きいけど価値保蔵媒体となったり、場合によっては交換手段になったりする。ある程度は、マネーネスと表現される「現金らしさ」の度合いをもっているように思われます。不換紙幣という返さなくていい負債として発行される負債証書のようなものをみんなが喜んで保有して、交換決済手段や価値保蔵手段として使っているという不思議さは、暗号資産の不思議さとどこか似たところがあるのかもしれないなと思っています。こちら、どう思われますか?

加納:
 なかなか難しいですね。銀行券の負債性については論文も読みましたが、暗号資産における負債性と一致するかというとちょっと違う気がしています。まず暗号資産の場合、マイニングという行為を通して発行されるので、発行される時点である程度の費用を投入していることの対価としてもらっているというように見えます。自由に無料でもらっているものではないという点では違うのかなと思います。セカンダリーとプライマリーに分けると、マイニングでプログラムから発行されるものをプライマリーと呼んでいて、我々の事業者が流通させるものをセカンダリーといいます。セカンダリーは明確に対価を払っていますから、これは等価交換です。プライマリーのところが銀行券の負債性を持っているかでいうと難しい。そもそも資産として認定されているわけです。同じものを指しているのにビットコインの場合は資産と呼んでいて、日銀券は負債と呼んでいます。資産か負債かというのは実はそんなに大きな違いはないのではないかと考えています。いわゆるマネーのメディウムとしての機能という意味では。

副島氏:
 発行主体が存在しないので、B/Sでの負債という概念がないわけですよね。マイニングにコストをかけたからコストの対価として資産価値が発生してくるのだと言われます。なんだか腑に落ちない話で、いつもモヤモヤした気持ちになるんです。事象的にはそうかもしれませんが、普通は資産であるのであればその対象となる何かがあるはずです。企業であればB/Sの資産側が株式資本や負債と対になるものとして存在しています。日銀券だってB/S上でしっかり資産側と対応しています。

 イーサリアムのイーサは証券かというICO規制を巡る議論が米SECでありました。ハーウェイテストという証券性の判断に使われる昔ながらの基準があることでも注目されました。確かに一種の株式だと考えられるなと思ったのは、ブロックチェーン技術の発展の初期時点ではイーサリアムというインフラをつくるために投資されたお金に対する投資証券とみなせるわけです。一方でインフラシステムが完成したら、インフラを機能させるためのユーティリティトークンになります。そういった発展段階や提供する機能によって、性質が変わるので暗号資産やネイティブトークンは不思議なアセットであるなと思いました。

加納:
 イーサリアムの場合は文字通り負債になっていて、負債の元々の意味はオブリゲーション(義務)を負っているわけですよね、企業会計であればデッドであるかエクイティなのかが論点ですが発行体がないとよく分かりません。イーサリアムの場合、トークン保有者はプログラムを走らせる権利を持っています。それに対して発行体が存在しません。仮にブロックチェーンを発行体として見立てる、ブロックチェーンはその義務を負っていて何かしら請求があった場合に、イーサリアムを正しく走らせてサービスを実行させるという意味ではオブリゲーションを負っていることになるのではないでしょうか。何かしらのユーティリティの利用権利を投資家が保有しているという意味では負債なのかなと思います。

副島氏:
 なるほど、それはシステムにとっての負債ですよね。イーサリアムというシステムはエネルギーを使ってEVM(イーサリアム・バーチャル・マシン)を動かさなければなりませんが、それを動かす権利としてのイーサであると考えるわけです。そのオブリゲーションを各ノードが負っているということですよね。

加納:
 もし仮に仕様変更でそんなものはもうやりませんと、プログラムは動きませんとなったらホルダーは怒ると思います。

 

 暗号資産の価値の源泉

副島氏:
 そうですよね。システムの利用権がなくなってしまうわけですもんね。ただ、そういうタイプでない暗号資産もありうると思います。ユーティリティとして何かを動かすための権利としてではなく、純粋にアセットとしての価値しか持たない、そして根っこにある価値がなんなのかが切り離されてしまったという暗号資産もあるのではないでしょうか。システム開発の初期段階って、これができたらすごく色々なサービスができてきて、そこから生まれてくるリターンを表現したネイティブトークンとして株式的に投資するという発想はあり得ます。使用権として使うというアセット的な意味合いもありそうですが、これらがないという暗号資産もつくりようによってはありますよね。

加納:
 ビットコインがそうかなと思います。ユーティリティコインと単なるアセットコインに大分されると思いますが、ユーティリティコインの場合は、役務に対するバリューがいくらかを逆算して現在価値を出すという手法がもしかしたら適用できるかなと思います。

 現在価値を出す際に、そもそも既存の手法は何にも使えないので困っています。ただ、暗号資産はいわゆる通貨の3つの機能は一応守っているかと。ボラティリティは大きいものの、仮想通貨には既存通貨と比べて何かしらの優位性があるのではないかなと考えています。同じ1ユニットをもらった時にFIATよりもクリプトの方を選好する可能性があります。僕はそこに価値の差を見出しています。ビットコインは価値の算出が難しいので1つ例としてテザーを考えました。米ドルとテザーを比較すると、差分は何かというと金利だと考えられます。テザーには付利されずユーザーは金利を放棄しています。それにも関わらずみんなテザーを買うわけです。それは便利だからです。現金を動かすよりも低コストで資金移動ができます。その利便性に対して利息を諦めている。少なくともその数%の米ドル金利を諦めることに技術的な利便性があるのではないかなと考えました。一定程度の利便性がクリプトには存在すると思っていて、決済手段の代替なのか、金融システムやネットワークコストの削減なのか、ビットコインに便乗して様々なブロックチェーンが出てきています。システムコストの削減には価値があるのではないかと考えています。このようなバリューを逆算して各トークンの現在価値を求めるアプローチは検討に値するかと思います。

副島氏:
 確かに。コモディティのコンビニエンスイールド、例えば牛肉とか金とかの使用権の利回り評価ならバリューがある程度逆算できます。なかには電力のように評価が非常に難しいものもありますが。電力先物は突然めちゃくちゃな動き方をします。在庫ができないものなので需給が逼迫すると平時の使用価値では全く合理的な説明がつかない動き方をします。そうしたものを除けば、ユーティリティサービスとしてアセットの価値を捉えるというのも1つの理解だなと思いました。

 ドルリンクのステーブルコインとして価値尺度機能や決済機能を高めたテザーはそうですし、ビットコインもアセット性以外に何かのユーティリティは与えているのならば、そこに対する数量的な価値評価はできるのかなと思います。

加納:
 ユーティリティコインという明確に役務を提供することを設計したものに対して、決済手段というか資産としての価値を提供した暗号資産であったとしても全く本源的価値がないわけではなくて、何かしらの時価総額なり価値は算出できるのではないかと思います。ただ、明確な計算手段がないのでフェアバリューを出すのに苦労しており、価格の妥当性についてはスペキュレーションの方が大きいのが現状です。

副島氏:
 投資性資産の提供という金融サービス以外に、決済サービスをユーティリティとして捉えれば、決済サービスを提供する手段についてそのサービス価値を認めるがゆえに保有するという話は全く筋が通ってますよね。

 

 付利可能なCBDCとフリードマンルール

加納:
 この話を拡張して、例えばCDBCを発行します。同時に銀行券も存在します。当座預金がありますがマイナス金利です。CBDCの金利はゼロなのか金利はよくわからない。それぞれ似たようなものですが人々は何を選好するするのかというのに私は大変興味があります。では、銀行券、CBDC、両方とも金利はつかない場合みなさんはどちらを選ぶのでしょうか。仮にマイナス金利をつけた場合にどこまでいけるのかと。当座預金も例えばマイナス2〜3%の金利の場合、現金は倉庫に置こうという発想が生まれると思います。シンプルにすると、利息によって選好される決済通貨というのは変わってくるのだろうなと思います。

副島氏:
 マネーとしての役割を金利によって使い分けるという考え方は確かにあると思います。現状マイナス金利なので、政策的な観点からマイナス金利をやるためにCBDCを発行するというねじれた議論がよく聞かれます。それは意味ないでしょと思っているのは、そんなことしたら現金需要が無限大に膨らんで、みんな現金に逃げていくだけです。マイナス金利の実現のためにCBDCを出すのなら、現金を廃止しなければならないですよね。それはあり得ない話です。

 一方で、いまのゼロ金利の時代から名目金利が正に戻るような環境になったとき、デジタルマネーはおもしろい思考実験を提供します。お金は付利しようがなかったんですよね、紙の時代には。それがデジタルマネーで付利できるようになったとすると、人々のアセットクラスの選択、つまり、安全資産である預金、利回りが高いけどリスクのある有価証券、金利が付かない紙の現金、これらに加えて金利が付き得るデジタルマネー、そうしたグラデーションが生まれてくるかもしれません。あるいは現金と等価物なのでやはり金利はゼロとする、そういう発想の分かれ道が出てきうると思います。

 ECB(欧州中央銀行)が出したCBDCのレポートでは、CBDCに付利をして金融政策の手段とするということは排除はしていません。日本のコンテクストでは、今のゼロ金利の環境でそんなことを議論しても意味がないのですが、金利がプラスの世界ではおもしろいことが起こるのかなと思います。例えば経済学でいうとフリードマンが言っていたフリードマンルール、つまり「名目金利はゼロというのが社会的にみて最も望ましい状態である」という指摘があります。あれはお金に金利がつけられないという物理的な制約条件のもとで出てきたルールです。ざっくりいうとマネーを提供する限界コストはゼロに近いので、世の中が必要とする分だけマネーを提供すればよくて、その時の金利は現金と同じゼロに収束していくという話です。

 しかし、金利をつけられる決済用のデジタルマネーが現金を置き換えてしまうとフリードマンルールは崩れてしまうんですよね。普通の世界においては、現金マネー以外に資産性を持つマネーがM2やM3として存在しているので、元々フリードマンの世界の仮定が崩れていますが、ピュアなフリードマンの世界に話を限定した場合においても、付利可能なデジタルマネーの登場によってこれが崩れうるというのは、経済理論的におもしろい話だなと思います。

 これが実務的にどんなインプリケーションを持つのは別の話として、様々なアセットクラスあるいは決済性マネーの間において、どういう割合でこれらを保有するかという家計の選択は、付利可能なデジタルマネーが登場すると、どうなってくるのでしょうか…。これは商業銀行にとって重要な問題で、銀行預金がどのようにリバランスされるのかという話に繋がります。これまでは家計が預金と現金をどうアロケーションするかという問題でした。現にさっきの100兆円の話のように、信用創造に貢献しない現金として預金から抜け出ていってしまうという現象が20数年かけて生じています。それでも企業の借入需要が趨勢的に低下しているので大きな問題にはなっていません。しかし、長期的にはマクロ的なISバランス(投資貯蓄バランス)が変化してきます。少子高齢化と人口減少によって家計部門の貯蓄超過が徐々になくなってくると、預金の希少性が高まります。そこにまた、CBDCやデジタルマネーという預金ではないマネーが出てくると、何がおこるのかを考えねばなりません。これは金融システムの観点から真剣に考えないといけない話です。

 

「現物」としてのCBDC、「債権」としてのCBDC

加納:
 会計についてですが、日本銀行の当座預金の勘定と市中銀行の勘定が一致しなかった場合、どちらを優先させるのかと疑問に思います。両者の残高に誤差が生じると監査法人に聞いたことがあります。この場合はどちらを正として処理をしているのでしょうか。

 

副島氏:
 そのような話は聞いたことがありません。たぶん当座預金といっても最初にお話ししたようにいろんな勘定があって、その辺のどこを拾ってくるかの認識のずれによって生じたのかなと思うのですが。

加納:
 ゴールドマンで働いていた時に、決済がしばしばずれていて小数点以下の誤差が生じていました。1つ1つの決済をラウンドアップ(四捨五入)して合計するのか、合計してからラウンドアップするのか、ラウンドメソッドによって結果が違います。ぴったり合うことはほぼないです。アメリカだと1ドル以下のものを無視する習慣があり、実は数セントずれている時でも決済が通ります。多くの場合で2社間で金額がマッチしないので、オペレーション部門がトレーダーに聞かずに勝手に丸めてしまいます。

副島氏:
 市場参加者の合意形成によって決済システムがうまく回るようにルールを作っていこうというのはあります。例えば、RTGSを導入した際、時点決済でないものを一体いつ決済するのだというシンプルな問題が生じました。他行から返ってくる資金を元に自行の払いをするほうが、資金手当てが不要なので有利です。ただ、そうすると資金決済が全然進まなくなってしまうので、朝の早い時間帯に返金決済を進めようという市場慣行をみんなで定着させました。見ようによっては流動性の活用機会を個々の金融機関から取り上げる合意です。でも、それをやらないと全体として回らないわけなので全員が不都合な目にあいます。それで合意形成をおこなって、朝早い時間帯に返金決済を進めることにしたわけです。

 一般論ですが、ルールや慣行というものは直接的なペナルティがなくとも評判メカニズムが機能することで効き目をもつ場合があります。皆で合意した慣行を守らない人とは次からはお付き合いしないとか。お金がとうやって誕生したかという話を講演などでよくします。お金とは債権債務の関係を整理する情報システムとして誕生したのではないかという有力な説があります。米や布、金といった商品貨幣がお金の誕生ではないという説です。この話をすると、じゃあ債務という概念のオリジナルってどこからきたんだという疑問にぶち当たります。それは贈与ではないかという説があります。贈与は社会的なトラストを成り立たせるために、破ったものに対するサンクションが発生するということとセットで生まれているという話です。なのでトラストを維持するためには、外れたことをやったときの脅しが有効な手段なのだろうなと思います。

加納:
 評判によっていろんなものは守られていると思いますし、中央銀行から好きなときにお金を借りられるような状態はモラルハザードになってしまうと思います。

さて、別の質問をさせていただくと、CBDCというのは「現物」と「債権」が存在すると思っています。CBDC現物がいわゆるM0です。CBDC債権は市中銀行がレバレッジをきかせたあとの銀行預金です。ホールセールにおいてはCBDC現物が流通することが決済の迅速性と流動性に大きく寄与すると思っています。なぜかというとカウンターパーティリスクをディスカウントさせなくていいからです。今だとハイパワードマネーを流通させることは僕は難しいと思っていますが、M0(ハイパワードマネー)を決済通貨として利用すると、どのようなメリットデメリットが考えられるのかというのをお聞かせいただけますか。

副島氏:
 大事なのは債権や債務としてのマネーが譲渡可能である点です。流通させるとはそのことを仰ってるのだと思います。マネーとは、ある人の発行した債務であってその債務、マネーの保有者にとっては債権、これが譲渡できるからマネーになるわけで、現代の決済インフラでは譲渡可能な銀行預金マネーが重要な役割を果たしています。銀行の債務として発行されている、それは信用創造をやる際に預金債務として発行されるわけなのですが、せっかく債務マネーのプールがあるのだから決済にも使えばよいわけです。実際には、債券や債務の譲渡は民法で規定する手続きが必要なのですが、銀行預金についてはそれが簡単にできるための特別な法的な手当てがされているために、便利な決済手段になっているわけです。

 ところがこれ制約もあって、AさんとBさんの債権は同質ではない、互いに互換性はないわけです。Aさんが銀行Aに対して持つ預金債権を、そのままBさんに渡すことはできません。Bさんは銀行Aに預金口座を持っていないからです。B銀行に預金口座を持つBさんに、B銀行への預金債権というかたちになるように、AさんのA銀行に対する債権をどうやって譲渡していけばいいのか。ここで、最初にお話しした銀行間資金決済の仕組みが重要となってくるわけです。全銀システムや日銀ネットを通じて、A銀行の日銀に対する債権とB銀行のそれを日銀当座預金の間で付け替えることによって銀行間送金というのが実現します。大口のRTGSでは、これを1本ずつやっているわけです。

 こうした高いレイヤーの装置を使わないやり方があります。現金という日銀債務、同じ共通の債務でやり取りすれば単一の債務であるので、それの受け渡しですむわけです。CBDCではやはり単一同一の中銀債務がデジタル化されているので、それを台帳の上で付け替えればよいわけです。

 これに対する別のアイデアとして出てきたのがシンセティクCBDC、おそらく先ほどCBDC債権と仰ったのはこれだと思うんですよね。銀行が「自分の債務」としてこれを発行します。ただし紐づけられたバックアセットはちゃんと確保しているという仕組みになります。典型的には日銀にリザーブとして裏付け資産を100%置くものなので、置く場所こそ違え、原理的には資金移動業者やテザーのようなステーブルコインの制度設計と似ています。ちなみにシンセティックCBDCのCBDCは、裏付け資産を中銀において、その信用力を使って出すのでそんな名前がついてます。

 ただ、シンセティックCBDCは銀行預金に比べると私は個人的には無駄だなと思っています。なぜなら信用創造機能が使えません。銀行預金は一部を中銀にリザーブ、所要準備として置けば、残りは貸出に回すことができます。言い方を変えるとレバレッジを効かすことができます。そして、レバレッジをとることのリスクから銀行を守る様々な工夫が作り上げられてきましたし、厳しい免許業種であることの意味もそこにあると思います。一方で、裏側に100%バックアセットを持つような預金マネーは、決済機能や価値保蔵機能しか提供できず、信用創造機能を捨ててしまっています。これが無駄と表現したことの意味です。実は現金もそうなのですが。

 決済のためにそういう仕組みを作るのであれば、決済を回すのに最小限必要な残高があればよいです。でもやっぱりそんなマネーを創るぐらいなら銀行預金マネーを使ったほうがよいのではないかと思います。CBDC債権というのを作ってもいいですが、発行体が民間銀行になるので債務者が異なるマネーになってしまうんです。私は、こうした発行体が異なる債務マネーの間に互換性がないことをマネーの壁と呼んでいます。銀行預金債務はそうなのですが、全銀システム日銀ネットという、この壁を超える装置を既に持っているわけです。かつ、シンセティックCBDCはバックアセットを100%そのまま保持しなければならない点でも不効率です。いいことが何もないと思うんですよね。なので、もしやるなら債務者がユニシティ、単一であることのメリットを最大限活かすべきだと思うんです。それがシンプルなCBDCの良いところです。現金のよいところと同じ理由です。

 

 CBDCの存在意義とは何か

加納:
 テザーの場合はFIATと仮想通貨を交換することに利便性がありますが、今回の場合はCBDCとシンセティックCBDC(CBDC債権)を交換しているのであまり意味がないとのご見解ですね。一方で、もう一つ考えられるシナリオですが、シンセティクCBDCというのは1対1で交換するようにしないと信用創造になります。要は現金(銀行券)を1に対してシンセティックCBDCを10発行すると信用創造が始まります。もっというと市中銀行が今の銀行預金をCBDCと勝手に呼んでしまう、これだけでシンセティックCBDCが出来上がるわけです。

副島氏:
 それは、今の普通の銀行預金ですよね。であれば、銀行預金をとことん使いやすくしていけばいいんじゃないのという考えもありますよね。今の預金マネーのシステムを高度化していくのはありえるし、銀行間資金決済をクリアリングする全銀システムをさらに高度化していく方向もありますし、さらにその上の日銀ネットを高度化することもありますよね。これは技術論の話の範囲に着地するような気がします。

 レバレッジをかけてはいけないというのはすごく正しいと思っていて、マネーでレバレッジをかけていいのは銀行預金だけかもしれません。なぜならそこは預金マネーはがっちり守りますという仕組みを作ってきたので。新しいマネーでレバレッジをかけたものはありますが、そういう安全システムが伴ってなくモニタリング機能もないので問題を起こすわけですよね。じゃあまた苦労してそうした安全装置つきのマネーを新たに作りますかという話になりますよね。せっかくここまで作ってきた銀行預金システムがあるのに。

加納:
 そうするとCBDC債権、つまりレバレッジのかかったCBDC(シンセティックCBDC)が否定されるとすると、CBDCの存在意義は現物に集約されると考えてよろしいでしょうか?

副島氏:
 私はそう思っています。それから、CBDCが果たし得る役割は、民間のデジタルマネーつまり債務者の異なるマネーで達成する方法もありえると思っています。よく言われれるのは、キャッシュレス決済手段が林立して、その間にインターオペラビリティがない、そういう状況が大きな問題であるならば何か解決法を考えなければならないでしょう。しかし、電子マネーの市場ってざっくり年間決済額5兆円ぐらいなんですよね、クレカのざっくり70兆円に比べるとだいぶ小さい。その小さいマーケットのインターオペラビリティ問題のためにCBDCという大きな社会インフラを新規導入することで解決を図るという話になると、何か解決すべき問題と道具立てがアンバランスな気もします。

 その一方で、日銀が出したCBDCへの取り組み方針では、CBDCを出す場合の機能や役割を3つ述べており、その2つ目に民間決済サービスの利便性向上を挙げています。もし、キャッシュレス決済がすごく膨らんで、インターオペラビリティの無さが大きな不便をもたらし、それを他の手段、例えばキャッシュレス決済事業者の全銀システムへの参加などで解決できないのであれば、乗り越えるための手段としてCBDCという決済手段を決済サービス事業者に提供することはソリューションになり得るのかなと思います。決済サービス事業者が個別に自分の債務をマネー的なものとして出す必要は必ずしもないわけです。

 

加納:
 民間企業にインターオペラビリティを託すのは難しい話で、それをどうやって国民が納得する形で落ち着けるかというところで、牽制する意味でCBDCがあるのかなとも思います。国民からみるとインターオペラビリティがないのはよろしくないわけです。明らかに。それをどうやって統合するのかは大きな課題です。

副島氏:
 ポイント経済圏を作ることと決済手段としてCBDCを使うというのは両立すると思っています。ポイント出すときはその経済圏でしか使えないポイントでなければ困るわけですよね、身銭を切ってポイントを発行したのに外部に流出したら意味がないので。自社のポイントで自社の経済圏にロックすることに意味があるわけです。ところがキャッシュレス決済手段を使っている人は、全てもらったポイントで買い物をしているわけではないですよね。銀行預金から即時口座振替を行なって、そこにお金を、というかポイントという決済サービス事業者の負債、利用者にとっての債権を入れている。そう考えると、決済用のベースになるお金はポイントではなくてもいいのではないかと。CBDCを使えばよいのではないですかと。あるいはDebitだと銀行預金マネーを使うことになります。もちろん、ポイントエコノミーを形成するために自腹を切って出すポイントは自社債務として発行すればよいです。そうするとワレットには二つマネーが入るわけですよね。擬似預金マネー的なポイントとCBDCと。もちろんリアルタイムに預金口座を引き落としに行くDebit銀行預金マネーでもOKです。これらは両立するのではないかと思うんです。

加納:
 あえてキャッシュレス決済サービスの擁護をすると、囲い込みによって自社サービスを使って欲しいわけですよね。これは本当にネットワーク効果の最たる例で、最初に巨額の投資をすれば勝てるというのは分かっているわけですよ、それができるのは国内に1社しかないわけで、そこに集約してくれるなら国民として、それはそれでありなのかなと。経営者としてみると、支払い手段に限らずありとあらゆるサービスでネットワーク効果を常に期待します。それは同時に囲い込みとも呼ばれます。事前に巨額の投資をしているので、ユーザーがより良いサービスに簡単に移転されては困るということかと。

副島氏:
 リテール決済サービスの市場特性は、ユーザーサイドと加盟店サイドの両方を開拓しないといけない2sided-marketであるってとこなんです。ゲーム機市場もファッション雑誌などの雑誌もそうですが、ECや普通のモールもそうです。プレーヤーとゲームソフト会社、読者と広告出稿者、買い物客とテナント店舗、これらの両方を開拓しないといけないです。そして、一方の市場で沢山顧客を獲得できると、他方の市場開拓にもこれが有利に働く。ゲームソフトが沢山あるゲーム機をユーザーは好みますし、ユーザーが沢山いるゲーム機をソフト開発企業は好みます。モールも買い物客が沢山いるほうのテナントにお店は店舗を出したいでしょうし、買い物客もテナント店舗が充実しているモールを選びます。まんなかに立つのがプラットフォーマーですね。雑誌は広告のプラットフォームという側面も持っているのです。

 そして、だいたユーザーのほうが価格弾性値が高い。より値段に敏感なのはユーザー側です。プラットフォーマーは、ユーザーの方のプライスを割安に設定することで、ユーザーを多く引き込み、そちらで十分な収益を上げられなくとも、ソフト開発企業や広告出稿やテナント料で収益を上げることができます。

 ただ、今、リテール決済サービスで起こっているゲームの構造って、2つの意味でそれを超えています。ユーザー側からは料金を取らないどころか、ポイントバックしています。マイナス価格です。そして、期間限定のキャンペーンとはいえ加盟店側にも手数料はタダでいいといっているんですよね。じゃあどこで儲けるのという話になります。巨大なユーザーのプールを別のビジネスプラットフォームに持ってくるということをやっているんですよね。マルチプラットフォーム、あるいはスーパープラットフォームと呼ばれます。

 もとの話に戻ると、そこの梃子になってるエコシステム戦略のところから顧客が逃げていく、せっかくポイントという負債を配って集めたユーザーが逃げていくとなると本当に困りますよね。だから、ロックイン効果を狙っているのに、そこにコンバーティブルなマネーが入ってくると、その効果が薄れてしまって困るというのはその通りです。

 

 暗号資産、DeFi、セキュリティトークン

加納: 
 ここまでずっと質問させて頂くほうでしたが、せっかくの機会なのでご質問があればお答えしたいと思います。

 

副島氏: 
 では、2つお願いします。暗号資産交換業は現金から暗号資産に入っていく入り口になるので、2つの世界を繋ぐために必要です。その出入口の先に交換業のビジネスモデルがあるとしたらそれって何でしょうか。また、最近、DeFiが注目されていますが、あれは交換業とは全然違うビジネスモデルなので、その辺をどんな風に見ているのかというのをお伺いしたいなと思います。

加納:
 仰る通り、FIATとクリプトの架け橋になっているのがビットコインです。既存金融は圧倒的に大きく数千兆円あるのですが、対してビットコインの時価総額は50~60兆円の話です。まずクリプトの最初の役割としてここを繋げたというのは非常に大きな成果です。今後もビットコインは法定通貨とクリプトの世界の架け橋になるだろうと思っています。ビットコインそのものの価値は置いておいて、期待していたほどみなさんが決済として使わなかったというのが僕の印象です。多くの皆さんが間違っているのは、ビットコインは金融政策を何かするために設計されていないということです。ビットコインは自由に発行できないですし、オペはビットコインを準備金として無理やりやればできますが、かなり不自由です。自由に発行できないというところで、金融政策を発揮することは絶対にできないと思っています。よって、あくまで決済手段の一つです。ただボラティリティが大きいので利便性はあまりありません。でもこのFIATとクリプトの二つの世界をビットコインは繋ぐことができます。交換業者というのは、交換しかできません。基本的には新しいコインが出てそれをFIATと交換させるというサービスです。それは為替のマトリクスに仮想通貨が追加されてマトリクスが大きくなったという状況です。

 ただこれはあまり面白いことではないです。最終的には別の方向に新しい可能性を見出すべきだと思います。その一つがDeFiです。ただこれもルール整備しないと、AML/CFTなどの金融業界が守ってきたものに抵触する可能性があります。これは技術を見極めて適切なルールを早急に作ってあげる必要があります。ただ相当な可能性があると思っています。新しい概念が生まれたわけですね、どの当局も無視できませんと。もう一つの発展性がDLTとしてピュアな技術として取り出したもの。やはりこれもビットコインがないと生まれてないわけですから、すでに相当の社会的なインパクトを与えているかと思います。

 その応用で何ができるか。例えばNFTでオリンピックのチケットをトークン化して転売できないようにするとか、これまで通貨としてしか見ていなかったものがよりユーティリティになり、より直接的な利便性がわかるような世界がやってくるのではないかと思います。マネーであり資産である、チケットや契約書を表象するような形で作るとか、それを転売禁止にするのか2回まで転売ありとするのか、そういったものが全てスマートコントラクトでできるようになります。印紙もブロックチェーンでできるようになると思っています。印紙を買う、そして印紙を使う、使うということは使用不可能にするわけですよね、使えなくするという行為と転売できるという行為がデジタル上で実現できれば、デジタル印紙は作成可能かなと思います。よって、いわゆるブロックチェーンを利用した通貨以外の使い方が発展していく、そして架け橋となるクリプトとFIAT、これらが共存できて適切なルールが作られていくといいかなと思います。

副島氏:
 セキュリティトークンは一つのマーケットを作るのかなと思っています。この夏、展望論文を公表しました。日本の改正金商法はICO対応で始まったのですが、2018年にはグローバルにもICOはピークアウトして、インフラは同じDLTですが証券法制の枠組みの中でちゃんとしたデジタル証券を出す動きや、これを支える開発企業や技術が急速に発展してきました。自分はこの流れをちゃんとみておらず、気づいたら新しい信用仲介チャンネルとなるかもしれない、あるいは新しい投資のアセットクラスになるかもしれない市場が産まれつつあったので、慌ててここ3年の急速な展開を追いかけて世界中で何が起こっているのかをまとめた展望論文をまず作りました。

 小口で発行、資金調達ができる社債、あるいは小口でスマホから投資できる社債や、クラウドファンディングや株主優待サービスに似ていますがファン作りと資金調達が一体化した証券、これまでコスト面で流動化が難しかった比較的小規模の不動産や動産の証券化市場など、様々な可能性がありますよね。我々も国債に関してはCSD(集中保管振替機構)を運営しているので、証券インフラで新しく登場してきた技術についてはちゃんとフォローしていく必要があると思ってます。

加納:
 STに関してですが、日本の改正金商法上は社債が対象外だと思っていています。社債のような一項有価証券はSTの対象にできないので、不動産と合同会社の出資金のような二項有価証券がST化できます。合同会社の出資金である持分が株に近いです。これがもしトークン化できて転々流通できる社会がやってくると、まさに少額で資金調達ができるようになります。ただ問題があって、STを転々流通させると市場開設行為になって公設もしくは私設取引所であるPTSを作る必要があります。つまり東証のような取引所を作るかという話になって、なかなかSTを転々流通できないというのが今の解釈です。

副島氏:
 投資家の制限もありますよね。ものによっては人数制限がかかるのでネットで広告もできなかったり、プロ投資家ではない個人投資家が排除されていたりと。

 

 CBDCとブロックチェーンの5大メリット

副島氏: 
 もう一つ質問があって、これで最後にしようと思いますが、プライベート型DLTの有用性についてです。パブリック型は中央管理者が不在でもシステムが自律的に動き続けるという意味で天才的な発明だったと思います。一方で、プライベート型の世界でブロックチェーンを使っていくことのメリットってなんだろうと考えています。

 いわゆるワイブロ問題(Whyブロックチェーン問題、それをやりたいならブロックチェーンでなく伝統的なデータベースでもよくない?という疑問)といわれるものがあります。この疑問に対してあるエンジニアの方がこう応えているのを聞いたことがあります。DLTをうまく活用できているなと思うケースは、だいたい4つのパターンに分かれるそうです。最初が、処理するビジネスプロセスが信頼できる境界内に止まっていない場合、要は他人と一緒にやらざるを得ないケースです。金融取引のコンファメーションがこれに当たると思います。2番目が複数の関係者が同一データを処理する場合。1番目や2番目の適用例は、JPXでブロックチェーンの応用研究をされてますが、これらに相当するんだろうなと。それから3つ目が、信頼できる1つの情報源を中継しコントロールする場合で、これはオラクルの話ですかね。オラクルはDLTの外にある、DLT内部では検証しようがない外部情報としてのオラクルをDLTの中にどう持ち込んできてどう使うかという技術なんですが、その話かなと。最後は作業の効率化。この話を聞いた後、なるほどぴったり当てはまるなあと感じる事例もあれば、あんまりはっきりしないケースもあって、まずはこういう括り方ってどう思われますか。

 

加納:
 僕はブロックチェーンの五大利点というのを提唱していますと、これはその中の2つに集約されると感じました。その前にパブリックとプライベートの違いについて説明させてください。

 まず1番大きな違いは、ファイナリティがあるかないかだと思います。決済ファイナリティではなくブロックチェーンでのファイナリティです。アトミシティ(Atomicity)と呼ばれていますが、あるトランザクションが確定するかどうかです。トランザクションが覆される確率が時間によって減少していくのがパブリックチェーンのアルゴリズムです。多くはそうなっています。これに対してプライベートチェーンはその瞬間にトランザクションが確定します。これが大きな違いです。パブリックとプライベートはアルゴリズムが違うので、それで見分けることができます。基本的になぜ確定するかというとチェーンが分岐しないようなアルゴリズムをしているからです。なぜ分岐しないかというと全ノード数Nが既知だからです。Nが事前に分かっているから多数決で票が確定したことがすぐにわかりますと。大統領選挙で例えると、投票総数のNが分からない選挙って当落がわからないですよね。それが分からない状況で多数決を無理やり解いたのがパブリックブロックチェーンです。ファイナリティがあるかないかは非常に重要な要素です。金融機関はファイナリティがないものは使えないと明確に言っています。

 その上で、ブロックチェーンの五大利点を説明させてください。この4つは五大利点の2つを同じ観点で説明しているように聞こえました。1つ目は、immutability(改ざん不可能性)、当然ですがデータが改ざんできないということがブロックチェーンの重要な特徴です。チェーンが改ざんできないもしくは改ざんしてもすぐに検知できるので、改ざん以降に作られたブロックは不正があったとして無視するので、正しいデータしか存在していません。

2つ目が高可用性です。分散システムですから、動き続けて落ちません。ビットコインのブロックチェーンは過去10年間ずっと落ちていないので、BCP対策のために東京と大阪にデータセンター作って冗長性を持たせる、かつ一つのDB等は三重にして冗長性を持たせるといった従来の対策をしなくても、分散コンピューティングシステムはデフォルトで高可用性があります。CAP定理をご存知だと思います。そういった高可用性が特徴として挙げられるのではないかと思います。

3つ目がBFTで、これは高可用性とは違います。やはりビザンチン耐性を持っているのはブロックチェーンの大きな特徴です。普通の高可用性は単にデータが分散されているので一部のサーバが落ちても他のサーバに残っているのでそれによって可用性が保たれていますといった仕組みです。それに対してBFTはコンピュータに嘘つきがいたとしても正確にトランザクションを処理できることで、これは今までのシステムに全くなかった概念だと思っています。これはハードウェアが故障しているケースもしくは悪意を持った場合で、わざと嘘をつくケースに分けられますが、それぞれ1/2と1/3の他と意見の異なるノードの存在まで耐えられます。これがビザンチン耐性です。

今回の話は、次の4と5に集約されると思っています。4、疎結合の容易さと5、エンタープライズ向けです。これがすごいのは、ブロックチェーンもしくはDLTとよばれているものは、必ず公開鍵暗号を使っています。公開鍵が主キーになって中のデータにアクセスでき、ビットコインもそのような構造になっています。ブロックチェーンのこのような特性をDBとして考えます。そうすると書き込み権限というのはトランザクションに署名してコミットするのが書き込みと考えられます。送金先をセットしてブロードキャストしてマイナーにベリファイしてブロックに取り込ませることがデータの書き込みに当たります。概念を拡張すると、書き込むのはお金のような数字だけではなく、文字やプログラムといったスマートコントラクトでも良いです。immutabilityがあるので必ず追記書き込みになります。ただステータスは変更できます。変更というか、最後に書き込まれたものが正しいデータであるという概念を導入するか、フラグを立てれば良いので当然データを論理的にはアップデートすることができます。よって、DBとしての機能は揃っていてかつimmutabilityを持っているという状況を作ることができます。それでいて、AとBの別のブロックチェーンがあった時に、内部構造が似ているのでそれぞれを別々の役所が作ったとしても後でデータ統合しやすいと考えています。

 

  異なるシステム間のインターオペラビリティ

副島氏:
 なんとなく、結合の容易さって伝統的なRDBが一番やりやすいのかなと、テーブル間にリレーションシップを張っていくというところでやりやすいんだろうなと思っていました。最近は、異なるブロックチェーンの間でインターオペラビリティを実現する技術がたくさん登場していますね。システム間においても結合が簡単になることは大きな利点になりうるんですよね。

加納:
 RDBは、RDBが他のRDBを呼び出すことはしないと思います。RDBの上にプログラムを作ってインターフェース設計をしないと繋がらないのに対して、ブロックチェーンはそれがデフォルトで備わっているのが特徴です。

副島氏:
 DVPを導入するときには日銀と保振がどういうプロトコルでシステム間通信や承認を出していくか、そこを作り込んで行かないといけないのですが、自社システムに閉じない話なので難しいんですよね。それぞれが自分のシステムの都合があり、合意できるプロトコルを設計時に見出していかなければならず、ゲートキーパー的なものが必要になりますし、相手が間違うかもしれないのでそれをチェックする必要もありますよね。これをスマートコントラクトで異なるシステムを結びつけるような形でやってしまうわけなので、ステラプロジェクト2(日銀とECBがDLTの利用可能性を実験した一連のプロジェクト)でDVPを実装する検証を行ったレポートを読んでなるほどと思ったことがあります。アトミシティ、つまり、ある作業を実行するか・しないかの2つの状態しか作らないようなコントラクトを、複数のDLTを跨るような形でやれるというのは、あぁそうかあ、そんな作り立て方もあるんだと思ったんですよ。ただ、やはり2つの異なる台帳間を超えて1つのコントラクトが問題なく行き交うするようなコードを最初に組まないといけないわけなので、その大変さは当然あるなと感じました。

加納:
 アトミシティを担保しようとするとやはり別レイヤーが絶対必要だと思います。なぜなら自分と相手のチェーンの状態を別レイヤーが必ず理解していないといけないからです。我々のmiyabiはどうしているかというと、半分完成したトランザクションを向こうに渡して戻していただく、お互いでサインして両方が完成したらOKですという仕組みで、DBでいうとロックしている状態を作る。ただこれmiyabi同士でしか繋がらないので、もしmiyabiハイパーレジャーをつなげてかつアトミシティを担保しようとすると、もう一つ別レイヤーのコントローラー的な何かがないとお互いの状態を最終的には把握できないんじゃないかなと思います。

副島氏:
 今みんなそこを作ってますよね。製品として。確かにこれ使ってやりましょうよという共通インフラを相手方に渡してしまえば手っ取り早いですよね。

加納:
 CLSみたいなものだと思います。中央銀行間のトランザクションの状態が把握できないので、CLSでもう一つレイヤー作って把握すると。

副島氏:
 あの決済手続きはけっこう面倒なのですよね、それから結局は相手を信用しないといけない、相手方がちゃんとオペレーションしてくれるのが前提になっています。異なるシステムが連動する仕組みにおいても、もともとDLTが持っている優れた性質を維持活用できているというメリットがあるわけですね。

加納:
 最後がエンタープライズ向けでここがすごく重要です。これは何かと言うと、今までのシステムって例えば東証とある証券会社でお互いがデータを持ち合います。発注データ、約定データ、決済データ等のreconciliation(データの突合)がすごく大変で、データがなくなるんですよね。例えば高速化のためにメモリ上で保有していたりしますと、でどこかでサーバが壊れてなくなるケースがあります。DBのような永続化ユニットまでデータがいっていないと、メモリだけで処理するとリスクがあります。まさに東証のシステムダウンの事件がそうです。なんで彼らは市場を停止したかというと、メモリ上だけで処理したオーダーが永続化ユニットにいっていない可能性がありました。よってリセットするとデータが消えてしまうかもしれない、ただしユーザーに対してはすでに約定しましたと配信してしまっているので嘘をつくことになります。よって市場を停止させるという結論だと思います。

 何が言いたいかというと、従来システムは二つのシステムが別々に存在しているのが問題です。ブロックチェーンは分散されていますが、総体としては1つ共有したデータを保有するシステムです。ノード全部をまとめて一つの系とするとそこを参照する形になっているわけです。かつトランザクションの順番を飛ばすことができません。なぜならimmutabilityがあるからです。ということはreconciliationというのがなくなるわけですよね。なぜなら同じデータのコピーを各企業が手元で持っているわけだから絶対にずれようがないわけです。東証が持っているデータと証券会社のデータがずれない。だから、システムが参照系になったというのが新しい概念です。プライベートブロックチェーンはこの点においてすごくバリューがあると思っています。例えばCBDCも中央銀行で管理はしますと、ただコンセンサスに参加しないようなノードは中銀の外に出して各企業が手元に持っておきますと、そうすると参照はできるわけです。そのノードにアプリで接続することもできます。

つまり、新しい概念としてはやはり系が1つしかないこと、データが確実に保証されていること、外部から参照できること。今回想定している各企業の境界を超える場合だったり、複数の人たちが参加して同一データを処理する場合、そして1つの情報源を操作し、コントロールする場合というのはブロックチェーンで表現できるんだろうなと思っています。

副島氏:
 すべてのお話しが大変面白かったです。なんとなく普段からもやもやっと考えていたことをしっかり考える手掛かりになりました。暗号資産のバリュエーションってこういう風に考えればいいんだとか、あと1番最後のお話、Whyブロックチェーン問題への説明も、自分の頭の整理にもとても有益でした。

加納:
 こちらこそ、中央銀行の方とお話させていただく貴重な機会をいただき本当に感謝しております。

文章・構成 /上野直彦JBA事務局長
   撮影 / 目次ほたる     

(了)

 

 

 

 


副島豊
2018年4月より日本銀行FinTechセンター長。1990年に日本銀行に入行し、金融研究所や金融市場局、金融機構局、決済機構局、調査統計局などで主にリサーチ業務に従事。90年代よりAIを活用した調査やビッグデータ解析、ネットワーク分析、シミュレーション分析、GIS、テキスト解析など多様な手法を中央銀行リサーチに導入し、様々な部署のリサーチフロンティアを拡げてきた。リスク計量などクオンツ業務やマクロプルーデンス、決済システム解析、景気・経済構造調査にも従事。学界活動、論文執筆も行っている。日銀のフラッグシップレポートの一つである金融システムレポートやマーケットレビュー(日銀レビューの前身)の創刊に携わった。


加納裕三
ゴールドマン・サックス証券株式会社等を経て、2014年1月に株式会社bitFlyerを共同創業。
2019年5月に設立した株式会社bitFlyer Blockchainの代表取締役を務めるほか、暗号資産(仮想通貨)交換業者であるbitFlyer USA,Inc.のCEOおよびbitFlyer EUROPE S.A.のChairmanを現任。bitFlyer創業以降、法改正に関する提言や自主規制ルールの策定等に尽力し、暗号資産(仮想通貨)交換業業界の発展に貢献。
日本ブロックチェーン協会代表理事、官民データ活用推進基本計画実行委員会委員、ISO / TC307国内審議委員会委員。2018年G7雇用イノベーション大臣会合、2019年V20 VASPサミットに出席。


 

PREV NEXT